ガラスドアを開けて、20代の女性が入ってきた。
長い髪にリネンのワンピースに赤い靴下。店内をぐるりとしたあと、レジにおいてある無料のパン耳を手にした。
「うちのピコちゃんこれが大好きなの」
そういって店を出た。
沢村さんがすかさず
「あの子いつもパン耳だけもっていくんだよ。ピコちゃんって誰だろうね」
「ピコちゃんって人間?」
「たぶん人間か動物のどちらか。でもパンの耳が好きな人間っているかしら?」
「たぶんいない」
パンの耳についての話が盛り上がっていると、店内は下校途中の高校生や子供のおやつを買いに来た客でにぎわった。
パルナスに訪れる唯一のラッシュ時である。レジには列ができる。
パン耳もなくなる。リネンの女の子はそれを知ってきて、早めに来ているのだ。

確かにパン耳は人気がない。なぜか。
最近のパン耳は柔らかくできているにもかかわらず人気がない。
それはパン本体の部分と対比が原因である。
パン本体はやわらかく、水分を保っている。それにひきかえパン耳は高温にさらされているため
乾燥している。パサパサだ。
パンの白い部分を守るために自ら身を差し出した。そして捨てられる。
いや、それよりも日本のパン業界においてサンドイッチを作る際にパン耳をカットするという習慣に問題があるのかもしれない。
トーストにすれば食べるのに、サンドイッチにする場合も切り落とす。
セレブはトーストであってもパン耳を残す。
客がほとんどいなくなった。
「でもね、パンの耳はいろんな料理に使えるのよ。うちは子供が多いからね、パンの耳を油であげておやつにするの。」
「まずそうなおやつだね」
「ふふふ。評判は悪いけど、ふてくされて食べてる」
「ドックフードにも混ぜるのよ。わかんないから食べてるよ」
かわいそうな犬。犬の嗅覚をバカにしてはいけない。わからないはずはない。わからないどころか、パンの材料までわかっているはずだ。
「それとね、お味噌汁の中におふの代わりにいれてもおいしいわよ。あとね・・・」
沢村さんはパン耳レシピをいっぱい知っていた。レシピ本が出せる。
どんなにアレンジしたところでパン耳はパン耳である。
化学反応はおきない。
パン耳に似た存在のものはたくさんある。
ピザのフチ。確かに具は乗っていないし硬い。
巻きずしの両端。崩れそうなありさまだ。食べにくい。
卵焼きの端っこ。パサついている。
パン耳、ピザのフチ、巻きずしの両端すべてあまりもの、
食品界の底辺の存在だと思われている。
しかしピザのフチは手をかけるところである。ギリギリまでチーズが乗っていたら、美味しいけど食べにくい。
巻きずしの両端は味見のためだ。
パン耳はパン本体以上にレシピが豊富である。
各々に存在意義あった。
さて今日も沢村さんは店であまったパンをもらって帰っていった。
連載小説:ミッションインポジティブ 第3話 「九九に苦手な段がある理由」
連載小説:ミッションインポジティブ第5話「チョコレートは愛の麻薬だった」
ぱんの耳捨てたら確かにもったいない。
もったいないは他にもある。
最近ある会社の新商品であるビールが完成したところ、アルファベットが間違っていた。
そこで企業は回収することになった。
消費者からは、1文字の間違いでリコールまでするのはもったいないとの声が出た。
中身は問題ないのに。厳しすぎるこだわりは、多くのもったいないを出している。そこに目をつけたのが訳あり商品を専門に扱うスーパー。
中身は問題ないけど、パッケージに問題あり。
賞味期限が3ヶ月切ってるものなどが安く売られている。
無駄な廃棄処分を減らせるし、消費者にとってもありがたい。

〈広告〉