ミッションは新月の日に
「ヒュッ」
矢が風を切る音で目が覚めた
一瞬窓の外の人影が去っていくのが見えた
寝室の壁に矢が刺さっている。
chakoは急いで布団から飛び降り、あたりを見回した。
「誰もいない」
そして矢に括り付けてある紙をほどいて開いた。
「洗面所」
そのまま急いで洗面所に行く
洗面所の床には綿棒を並べてメッセージが残されていた。
「ネコ タクハイ ハコ クル ヒトツキ アト」
今回のミッションである。
chaakoは漆黒の闇にかすかに見える爪の先のような月を眺めていた
彼の名はchaako
ごく普通の茶トラ模様の猫
ごく普通の毎日を送る
でも
ただ一つ違ったのは
chaakoはマトリCAT
そう麻薬捜査猫だったのです
作戦開始
違法ドラッグに含まれる薬物には何種類もある。
最近その中に「またたび」が加えられた。
それに伴いchaakoはマトリCATとしての任務が下されたのである。綿棒で指示された通り一か月後にまたたびが運び屋によって運ばれる。
なんとかしてそれを押させるのが今回のミッションだ。
こうした情報は盗聴によって得られる。
chaakoは早起きをして、履歴書を書いた。
履歴書を書くのは結構時間がかかる。そもそもなぜ履歴書に小学校からの経歴が必要なのだろうか。
無趣味な人にとって、趣味を書く欄が一番困る。一生懸命考えたところで面接官はどれほど注目するのだろうか。
とりあえず「腕相撲」と書いた。
写真がない。引き出しの中を探してみた。プリクラの色あせた写真を貼っておいた。プリクラは撮影時が一番盛り上がる。そのあとは見ることもない。
色々していると時間がかかり、予定時間の九時を大幅に過ぎていた。急いで牛乳とアンパンをほおばった。
「よし!」と気合を入れて玄関を出る。
向かったのは徒歩20分のところにある、宅配会社である。
事前に綿棒メッセージで指示されていた宅配業者だ。遠くからでもすぐわかる。
「ミケネコトマトの宅急便」
古びた引き戸をあけた
「イラッシャイマセ」
インコのぬいぐるみが反応した。
「アルバイトしたいんだけど」
唐突に切り出した。
chaakoは基本ため口である。
60代の痩せた男性がこっちを向いた。胸のバッチには「桐本」と書いてある。
スポーツ刈りである。
スポーツ刈りの人は大抵スポーツをしない。
「アルバイトかあ~。今募集してないんだよ。昨日までしてたんだけどね。」
無表情のchaakoに向かってすまなそうに言った。思い出したように桐本は
「あ、そういえば隣のパン屋さんが人が足りないって言ってたよ!聞いてみたらどうだい?」
しょうがない。
ミケネコトマトの空きがでるまで、隣で働くしかない。
最悪、空きが出なくても、隣からなら運び屋を確認できるかもしれない。
そのまま踵を返してとなりのパン屋を探した。
隣と言ってもけっこう離れている。パン屋の名前は
「パルナス」
ガラス扉を押してレジに向かった。
店内には焼きたてパンのこおばしい香りが満ちていた。思わずミッションを忘れそうになる。
レジの女性は50代ぽっちゃりしている。つけまつげをしていた。
「ここでバイトしたいんだけど」
「アルバイトの方?ちょっとまってて店長よんできますから」
女性は奥に入って店長を呼びに行った。
どっしりとした体格の粉まみれの男性がでてきた。哀川翔のような白いフチのメガネをかけている。
「アルバイトしたいって君?いつから入れる?」
急な展開に面食らった。てっきり面接→返事待ち→切りのいい日にちから開始
と思っていたからだ。
これは好都合。
「今からでもいいよ」
「よっしゃ。じゃあ採用!決まり。
沢村さんこの人にユニフォームあげてくれる?
おっといけない!発酵時間がもうすぐだ。
パン生地は放っておくとすぐに機嫌損ねるからね。
女心と同じさ!」
そう言って厨房へと戻っていった。
沢村さんは首をすくめて
「女心だなんて笑っちゃうわね。
彼女もいないくせに。
花嫁募集中って言いだしてもう20年も経っちゃって。
うちの姪っ子も30をとっくに過ぎてるのに独身だから、どうかなあって思うんだけど。
店長はメガネかけてるしね。」
沢村さんはメガネに偏見があるようだ。
「それより、あなたサイズはL?」
「Мだけど」
「そうなの。でもLしかないけどいいよね」
そういってレジの下からユニフォームを出して差し出した。
ミケネコタマに潜入するまでこの店にとりあえずいよう。
最悪ここからでもから外を見ていれば運び屋が来るのが見える。
今日からchaakoの仮の姿はパルナスのアルバイトだ。
つづく
連載小説ミッションインポジティブ 第2話「パルナスで大活躍」
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