「パルナスでアルバイトとして働く」
渡された制服に腕を通した。
気が引き締まる。今日からパルナススタッフだからだ。
仮の姿であるとはいえ、パルナスの名に恥じない振る舞いをしなければいけない。
「ちゃあこさん、ごめんこれも忘れてた」
パートの女性沢村さんはとんがり帽子を持ってきた。
耳が邪魔で人間用の帽子はかぶりにくい。
「とりあえず、商品のパンの名前と値段覚えてね」
「ええ!こんなにたくさんのパンを覚えるの?ピッてやるだけじゃないの?」
「フフフ。パンは袋に入っていないからね。焼け目でバーコード模様でもつけれたらいいのにね。」
ざっと見ただけで30種類はあると思われる。
chaakoは暗記が苦手である。
全部同じに見える・・
人は情報を視覚でとらえて記憶として残す。全てのものに名前と言う記号がある。だから実体を見て、名前を覚えなくてはいけない。
猫は臭いで判断する。臭いが実体のすべての情報だ。
「ちゃあこさんったら難しそうな顔しちゃって。すぐに覚えられるわよ。ここに『パンかるた』があるから、これで遊びながら覚えられるから心配しなくて大丈夫!」
「沢村さんの娘てまりちゃん」
店のガラスドアを押して、小学生の女の子が入ってきた。不思議そうにchaakoを見ている。
「あら今日は早いのね。ちゃあこさんこの子はうちの末っ子のてまり。
てまり、この猫さんは今日から入ったちゃあこさん、こんにちわしてね。」
恥ずかしそうにして階段に隠れてしまった。
てまりちゃんは学校が終わるとよくお店にきている。二階にある喫茶スペースでお母さんのパートが終わるのを待つ。
二階には漫画本が少しあるが「ゴルゴ13」しかない。さぞかし暇であろう。
「事件第一号発生」
入口のドアを蝶番が外れんばかりに押して、60代の男性がものすごい勢いで入ってきた。
鼻息は荒く、顔が真っ赤である。立腹中であることは一目瞭然だった。
「なんだこのパンは!!!あんパンを買ったのに、あんこが一粒もはいってないじゃないか!
どういうことだ!嫌がらせか!これじゃただのロールパンじゃないか!」
放り投げられた袋からかじったあとのあるアンパンが飛び出た。確かにけしの実がついており、アンパン独特の輝きも放っている。
しかし言う通り、中は空洞である。あきらかにあんの入れ忘れだ。
慌てた沢村さんは
「これはお客様申し訳ありませんでした!すぐに新しいものと交換いたします!」
そう言って沢村さんは深々と頭を下げた。
「交換すれば済む問題じゃない!わしはこのために電車とバスを乗り継いで1時間かけてきたんだ。時間もかかったし、精神的苦痛をあじわったんだ!賠償しろ!」
沢村さんは平謝りするしかなかった。
騒ぎを聞きつけた店長は奥からでてきた。
最近パンを成形している最中、幕内千代の国のことを考えているうちにあんこを詰めたかどうかわからなくなったことを想いだしてハッとした。
必死に店長も謝った。
謝れば謝るほど、男性は怒っていた。血圧は相当上がっているに違いない。そのうちに倒れるのではないかと思うほど、額の血管は浮き上がっていた。
こんなときのために救急救命法は必要だ。
chaakoの存在に気が付いた男性は
「君もスタッフなら謝れ!」
「お客様失礼ですが、お客様がお買い求めになったあんぱんは、あんぱんでもあんをご自身で別入れするタイプのものでございます。
こちらはあんを後からご自身で入れる事によって、焼き立てパンのパリッとした歯ごたえとあんのしっとり感という二つの異なる食感の融合が楽しめるのでございます。
お客様のお買い求めになった際に袋の中に小袋入りのあんはございませんでしたでしょうか?」
「え!?そんなもの・・・いやあったかもしれないけど」
男性はうろたえた
「もちろん、手前どもの従業員の説明不足であったことはお詫びいたします。
そして是非当店の新商品『あん後入れあんぱん』をご賞味ください」
chaakoはそう言って店長に向かって
「パンのご用意をお願いします」と言った。
「わ、わかった」
急いで店長は厨房に行き、焼き立てのロールパンをラックから取り出そうとした。
が、あいにくロールパンは三つしかない。
クリームパンを横から切って、中のクリームを取り出した。
小袋六つに急いであんをつめた。パニックで手が震え袋の入り口がうまく開けられない。
「こちらが開発二十年を費やした、新商品『あん後入れあんぱん』でございます。
このたびは誠に申し訳ありませんでした。」
そう言って袋を渡すと、男性は
「ふん!まあいいけど」
と去っていった
「あーーよかった!!ありがとう!ちゃあこさん!!」
店長と沢村さんはchaakoの手を取って小躍りして喜んだ。
chaakoはふと昔に食べた、もなかの皮とあんこが別になっているのを思い出し
とんちを働かせたのであった。
さすがFBI仕込みである
フィールドが違っても切れ味は変わらない。
さて、とっさに思いついた「あん後入れあんぱん」はそれから店で販売することになったのは言うまでもない。
連載小説ミッションインポジティブ 第3話 「九九に苦手な段がある理由」
おばちゃあこがヒントを得たあんこ後入れもなか。
皮があんこの水分でしっとりしてるのは残念。
歯にもくっつく。
自分であんこをはさむと、皮はサクサククリスピー。
作り置きしたら意味ないからね。
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